コラム
島唄 島の歌よ風に乗り、本土に伝えておくれ沖縄の悲哀を
島唄 島の歌よ風に乗り、本土に伝えておくれ沖縄の悲哀を
1945(昭和20)年の8月15日は、昭和天皇による玉音放送によって第二次世界大戦が終結した敗戦記念日です。
久しく、忘れていました。日本の敗戦を。
NYに13年も居座って、帰国後、バタバタしたので、まったく日本の歴史を
忘れていました。
8月6日、原爆慰霊祭で世界平和を祈念する学校行事で、息子のマークが朝早くから出席したので、この日を思い出しました。
大阪・海遊館にて
8月6日午前8時15分、米軍のB29爆撃機「エノラ・ゲイ」が、広島市上空で世界初の原子爆弾を投下。市街は壊滅して約14万人の死者を出し、原爆症等で亡くなった人を含めると、犠牲者は25万人以上に登るそうです。
この日、広島市では原爆慰霊祭で世界平和を祈念するアピールが宣言され、燈籠流しが行われます。
この広島原爆から、約2ヶ月前に沖縄は玉砕しました。
僕が生まれる日の16年前の昭和20年6月13日に、最後の自決を遂げた、海軍中将・大田 実司令官の最後の電文が有名です。
太田実少将司令官 最後の電文
沖縄県民の実情に関して、権限上は県知事が報告すべき事項であるが、県はすでに通信手段を失っており、第32軍司令部もまたそのような余裕はないと思われる。県知事から海軍司令部宛に依頼があったわけではないが、現状をこのまま見過ごすことはとてもできないので、知事に代わって緊急にお知らせ申し上げる。
沖縄本島に敵が攻撃を開始して以降、陸海軍は防衛戦に専念し、県民のことに関してはほとんど顧みることができなかった。にも関わらず、私が知る限り、県民は青年・壮年が全員残らず防衛のための召集に進んで応募した。残された老人・子供・女性は頼る者がなくなったため自分達だけで、しかも相次ぐ敵の砲爆撃に家屋と財産を全て焼かれてしまってただ着の身着のままで、軍の作戦の邪魔にならないような場所の狭い防空壕に避難し、辛うじて砲爆撃を避けつつも風雨に曝さらされながら窮乏した生活に甘んじ続けている。
しかも若い女性は率先して軍に身を捧げ、看護婦や炊事婦はもちろん、砲弾運び、挺身斬り込み隊にすら申し出る者までいる。
どうせ敵が来たら、老人子供は殺されるだろうし、女性は敵の領土に連れ去られて毒牙にかけられるのだろうからと、生きながらに離別を決意し、娘を軍営の門のところに捨てる親もある。
看護婦に至っては、軍の移動の際に衛生兵が置き去りにした頼れる者のない重傷者の看護を続けている。その様子は非常に真面目で、とても一時の感情に駆られただけとは思えない。
さらに、軍の作戦が大きく変わると、その夜の内に遥かに遠く離れた地域へ移転することを命じられ、輸送手段を持たない人達は文句も言わず雨の中を歩いて移動している。
つまるところ、陸海軍の部隊が沖縄に進駐して以来、終始一貫して勤労奉仕や物資節約を強要させられたにもかかわらず、(一部に悪評が無いわけではないが、)ただひたすら日本人としてのご奉公の念を胸に抱きつつ、遂に‥‥(判読不能)与えることがないまま、沖縄島はこの戦闘の結末と運命を共にして草木の一本も残らないほどの焦土と化そうとしている。
食糧はもう6月一杯しかもたない状況であるという。
沖縄県民はこのように立派に戦い抜いた。
県民に対し、後世、特別のご配慮をしていただくことを願う。
沖縄県軍司令官 太田実少将
島唄の替え歌があります。
島の歌よ風に乗り
亡くなった人の魂と共に海を渡れ
島の歌よ風に乗り
本土に伝えておくれ沖縄の悲哀を
沖縄民謡よ風に乗ってニラナカナイ(天国)へ
届けておくれ天国のあの人に私の愛を
海よ宇宙よ 神よいのちよ
このまま永遠に平和を
今の日本があるのは、お祖父さんやお祖母さんのおかげです。
子供たちへ伝えなくてはいけない、日本の歴史です。
伝えることが、祖先へ感謝する私たちの手段ですね。
高濃度バナジウム含有天然水!「富士青龍水」
1945(昭和20)年の8月15日は、昭和天皇による玉音放送によって第二次世界大戦が終結した敗戦記念日です。
久しく、忘れていました。日本の敗戦を。
NYに13年も居座って、帰国後、バタバタしたので、まったく日本の歴史を
忘れていました。
8月6日、原爆慰霊祭で世界平和を祈念する学校行事で、息子のマークが朝早くから出席したので、この日を思い出しました。
大阪・海遊館にて
8月6日午前8時15分、米軍のB29爆撃機「エノラ・ゲイ」が、広島市上空で世界初の原子爆弾を投下。市街は壊滅して約14万人の死者を出し、原爆症等で亡くなった人を含めると、犠牲者は25万人以上に登るそうです。
この日、広島市では原爆慰霊祭で世界平和を祈念するアピールが宣言され、燈籠流しが行われます。
この広島原爆から、約2ヶ月前に沖縄は玉砕しました。
僕が生まれる日の16年前の昭和20年6月13日に、最後の自決を遂げた、海軍中将・大田 実司令官の最後の電文が有名です。
太田実少将司令官 最後の電文
沖縄県民の実情に関して、権限上は県知事が報告すべき事項であるが、県はすでに通信手段を失っており、第32軍司令部もまたそのような余裕はないと思われる。県知事から海軍司令部宛に依頼があったわけではないが、現状をこのまま見過ごすことはとてもできないので、知事に代わって緊急にお知らせ申し上げる。
沖縄本島に敵が攻撃を開始して以降、陸海軍は防衛戦に専念し、県民のことに関してはほとんど顧みることができなかった。にも関わらず、私が知る限り、県民は青年・壮年が全員残らず防衛のための召集に進んで応募した。残された老人・子供・女性は頼る者がなくなったため自分達だけで、しかも相次ぐ敵の砲爆撃に家屋と財産を全て焼かれてしまってただ着の身着のままで、軍の作戦の邪魔にならないような場所の狭い防空壕に避難し、辛うじて砲爆撃を避けつつも風雨に曝さらされながら窮乏した生活に甘んじ続けている。
しかも若い女性は率先して軍に身を捧げ、看護婦や炊事婦はもちろん、砲弾運び、挺身斬り込み隊にすら申し出る者までいる。
どうせ敵が来たら、老人子供は殺されるだろうし、女性は敵の領土に連れ去られて毒牙にかけられるのだろうからと、生きながらに離別を決意し、娘を軍営の門のところに捨てる親もある。
看護婦に至っては、軍の移動の際に衛生兵が置き去りにした頼れる者のない重傷者の看護を続けている。その様子は非常に真面目で、とても一時の感情に駆られただけとは思えない。
さらに、軍の作戦が大きく変わると、その夜の内に遥かに遠く離れた地域へ移転することを命じられ、輸送手段を持たない人達は文句も言わず雨の中を歩いて移動している。
つまるところ、陸海軍の部隊が沖縄に進駐して以来、終始一貫して勤労奉仕や物資節約を強要させられたにもかかわらず、(一部に悪評が無いわけではないが、)ただひたすら日本人としてのご奉公の念を胸に抱きつつ、遂に‥‥(判読不能)与えることがないまま、沖縄島はこの戦闘の結末と運命を共にして草木の一本も残らないほどの焦土と化そうとしている。
食糧はもう6月一杯しかもたない状況であるという。
沖縄県民はこのように立派に戦い抜いた。
県民に対し、後世、特別のご配慮をしていただくことを願う。
沖縄県軍司令官 太田実少将
島唄の替え歌があります。
島の歌よ風に乗り
亡くなった人の魂と共に海を渡れ
島の歌よ風に乗り
本土に伝えておくれ沖縄の悲哀を
沖縄民謡よ風に乗ってニラナカナイ(天国)へ
届けておくれ天国のあの人に私の愛を
海よ宇宙よ 神よいのちよ
このまま永遠に平和を
今の日本があるのは、お祖父さんやお祖母さんのおかげです。
子供たちへ伝えなくてはいけない、日本の歴史です。
伝えることが、祖先へ感謝する私たちの手段ですね。
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- 2008.02.01富士青龍水 発売のお知らせ
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2008/06/27メタボ検診でイエローカード
2008/06/20気持ち良く夏を乗り切るために ~汗のにおいを気にしていませんか~
2008/06/14かしこく水分補給をして、夏バテ知らず ~ミネラル不足に注意!~
2008/06/09バナジウム天然水を申し込まれる方は 健康志向の高い方。
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